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この記事のポイント
- DoorDashがフードデリバリーとは無関係のアプリ「Tasks」をリリース、ギグワーカーがAI・ロボット向け訓練データを撮影する仕組み
- 報酬は時給約15ドル、洗濯物10枚の積み込み撮影でわずか37セント
- カリフォルニア州・ニューヨーク市・シアトル・コロラド州ではアプリがブロック
- 公共空間での撮影に深刻なプライバシー懸念、Wired記者が体験レポートで問題提起
Wiredの最新レポートによると、フードデリバリー大手DoorDashが「Tasks」という独立アプリを展開している。配達員(ダッシャー)がスマートフォンを胸にストラップで固定し、家事・料理・ナビゲーションなどの日常動作を撮影する──そのデータがAIやロボットの訓練に使われるという、これまでにないタイプのギグワークだ。Wired記者が実際に体験した内容は、AI時代の労働の暗い一面を浮き彫りにしている。
DoorDash Tasksとは──フードデリバリーとは無関係の新アプリ
DoorDash Tasksは、DoorDashのフードデリバリーサービスとは完全に切り離された独立アプリだ。ギグワーカーはスマートフォンを胸にストラップで装着し、自分の両手で日常的な作業をこなす様子を一人称視点で撮影する。DoorDashはこの映像データについて「AIやロボットシステムが物理世界を理解するのに役立つ」と説明している。
タスクのカテゴリは5種類──家事(洗濯・掃除など)、DIY・修繕、料理、ナビゲーション(屋外の移動撮影)、外国語(音声データ収集)だ。各タスクは最大20分で完了する設計で、ワーカーは自宅や屋外で指示どおりの動作を撮影し、アップロードする。フードデリバリーと違い、顧客に商品を届けるわけではなく、純粋にデータ生成のための労働だ。
時給15ドル、洗濯物10枚で37セント──衝撃の報酬体系
DoorDash Tasksの報酬体系は衝撃的と言わざるを得ない。公称の時給は約15ドルだが、1タスクあたりの上限は5ドルに設定されている。Wired記者が実際に体験した内容は以下の通りだ。
Wired記者が体験した報酬の内訳
| 洗濯物の積み込み(10枚) | 約1.5分 → $0.37 |
| 卵のスクランブル調理 | 最大20分 → 最大$5.00 |
| 3タスク合計 | $10未満 |
洗濯物10枚を洗濯機に入れる動作を撮影して37セント。日本円に換算すると約55円だ。記者は3つのタスクをこなして合計10ドルにも満たなかったと報告している。「公称時給15ドル」はあくまで理想的なペースでタスクを回し続けた場合の計算であり、タスクの準備・セットアップ・アップロード時間を考慮すると、実質的な時給はさらに下がる可能性が高い。
「公園で撮影中、ベビーカーの母親が近づいてきて中断した」
報酬以上に深刻なのがプライバシー問題だ。Wired記者はナビゲーション系タスクで屋外撮影を行った際、「完全に不審者のような気分だった(felt like a total creep)」と率直に述べている。
DoorDash Tasksのガイドラインでは、撮影中に周囲の人物が映り込む場合は同意を得るよう求めている。しかし公園やスーパーマーケットの駐車場といった公共空間で、すべての通行人に撮影の同意を取ることは事実上不可能だ。記者は公園で撮影中にベビーカーを押した母親が近づいてきた時点でタスクを放棄したと明かしている。子どもが映り込むリスクを考えれば当然の判断だが、そもそもこうした状況が頻繁に発生する仕組み自体に構造的な問題がある。
カリフォルニア・NYC・シアトルでブロック──その理由
DoorDash Tasksは、カリフォルニア州、ニューヨーク市、シアトル、コロラド州ではブロックされており利用できない。これらの地域に共通するのは、ギグワーカー保護に関する強力な労働規制が存在することだ。
カリフォルニア州のAB5法(ギグワーカーの従業員分類を求める法律)や、ニューヨーク市・シアトルのデリバリーワーカー最低賃金保障などが、DoorDash Tasksの超低単価モデルと適合しない可能性が高い。コロラド州も2024年以降ギグワーカーの権利強化を進めており、DoorDashはこうした規制リスクのある地域を意図的に避けていると考えられる。労働保護が手薄な地域のワーカーが、結果的にAI訓練データの供給源になっているという構図だ。
Aitly編集部の見解
DoorDash Tasksは、AI開発における「データ収集の労働」がどれほど過小評価されているかを象徴するサービスだ。AIモデルやロボットが「物理世界を理解する」ために不可欠なデータを生成しているにもかかわらず、その対価は洗濯物10枚で37セントにすぎない。
注目すべきは、労働保護の強い州・都市でブロックされている事実だ。これは裏を返せば、DoorDash自身がこのビジネスモデルの法的脆弱性を認識していることを意味する。Wired記者の締めくくりの言葉が印象的だ──「もしロボットがいつか私たちの新しい支配者になるなら、せめてもう少し多く払ってほしい」。AIの発展を支える人間の労働に対して、どれだけ公正な対価を設定すべきか。DoorDash Tasksは、その問いを突きつけている。